国文祭練習

久しぶりに、平日に更新しようという気になりました。少し、いろんな事に、先が見えてきた感じです。
昨日は、国民文化祭の練習で伊豆の国市まで遠征してきました。松下耕氏のバラードとカンタータの初演の初めての練習です。200名近い大合唱団ですから、細かい事を言っても、「なんだかなぁ」って部分もありますが、松下氏のテンションの高い練習は楽しいものでした。初演のネタバレはいけないでしょうから、曲に踏み込むのは、まだ止めておきます。

久しぶりに、平日に更新しようという気になりました。少し、いろんな事に、先が見えてきた感じです。
昨日は、国民文化祭の練習で伊豆の国市まで遠征してきました。松下耕氏のバラードとカンタータの初演の初めての練習です。200名近い大合唱団ですから、細かい事を言っても、「なんだかなぁ」って部分もありますが、松下氏のテンションの高い練習は楽しいものでした。初演のネタバレはいけないでしょうから、曲に踏み込むのは、まだ止めておきます。

明日のコンサートに備えて、入洛しました。一日普通に仕事をして就業後に移動してきました。前回は、烏丸五条のオフィス街に宿をとりましたが、今回は河原町三条の繁華街のど真ん中に泊まっています。とりあえず、木屋町辺りを偵察してきましたが、明日に備えて、どこにも立ち寄ってはいません!!(ホント)
7月にはいったので、街は、ちょっとだけ祇園祭の雰囲気がでています。では、明日に備えて早寝します。

昨日(6/28)は、今週末のコンサートの最終練習のために、京都まで行ってきました。3月から始まった練習も最後です。途中、日程が変わったり、インフルエンザ騒動があったりして、結局、合同練習に参加できたのは、最初と最後の2回だけでした。珍しく自主錬したり、東京まで補習にいったりして、なんとか自分としての最低ラインにやっと到達できたといったところでしょうか。しかし、100名以上での練習は、大変ですね。昨日も、最初にあわせた時にはどうなるかと思いましたが、その後、3グループに分けて50人くらいで練習をしてみれば、悲惨な事はなかったです。本番の広いホールなら、なんとかなるでしょう。
さて、練習後はキャンパス内の食堂で懇親会に参加しました。さあ、乾杯と思ったら「禁酒」でした。未成年の一回生もいた事だし、今のご時世、当然なんでしょう。
後は、本番を残すのみとなってしまいました。先生練習に一度も参加できていないのが心残りですが、初めて「京都コンサートホール(大)」で歌えるのも楽しみです。

昨日(6/21)は、7月の演奏会の練習のために、新大久保に行きました。東京へ行くのも、京都へ行くのも同じなんですが、インフルエンザ騒ぎで練習がなくなったり、先週は浜松の演奏会と重なって、練習に参加できなかったので、補習の意味で東京まで足を運びました。
で、なんと、某T音楽事務所のあるビルが練習場でした。噂には聞いていましたが、ちょっと探検気分が味わえました。まあ、それはともかく、本番は200名ですが、10数名の練習で5時間みっちり練習をしました。みなさんタフです!
さて、せっかく新大久保に来たのですから、「韓国焼肉」の店に連れて行ってもらいました。韓国人と思われるお兄さんが焼いてくれましたが、カルビもキムチもなかなか美味しかったです。

京都の某所(話題の漢検協会ビルの隣)から更新しています。
先週インフルエンザの影響で練習に参加できませんでしたので、京都合唱祭の前日から入洛して前日練習に参加しました。昼過ぎに京都について、鴨沂会館で練習に参加。この練習場も20年ぶりです。20年前も十分古かったのですが、改修を重ねて今も使われていました。両隣のおじさん(先輩)、声でか過ぎ!!久しぶりに自分の声がわからなくなりました(笑)でも、昔の仲間と歌うのは楽しいですね。あっという間の2時間でした。
次は、京都会館に行って、合唱祭1日目の最後の数団体を聴く。やっぱり、京都会館1ホールの音響はXですね。力がないと、ちょっと聴けません。そんな中、トリで登場した西城陽高校。よかったです。近年はコンクールでも上位入賞しているようです。初めて聴きましたが、ファンになってしまいました。今の時期1年生が入っているのかわかりませんが、声が素直だけど、適度に訓練されていて、音響の悪い会場でもすっと伝わってきました。曲は「手紙」でしたが、昨年からいっぱい聴きましたが、今までで一番納得の演奏でした。
夜は、ラーメン天下一品の総本店(一乗寺)まで足をのばしました。浜松にもありますが、さすが本店。明らかにスープのコクが違います。おいしかったです。
さて、明日は、本番演奏があるので、本館の自戦記にアップします。

あっという間に、3月も終わりそうです。そんなバタバタした中ですが、同志社混声合唱団「こまくさ」の40周年記念演奏会の練習に日帰りで京都まで行ってきました。ひさびさの、キャンパスで、入り口や教室棟の様子は変わっていましたが、練習場の内部は20年前そのままで、気分は一気にタイムスリップして学生気分に浸ってしまいました。100名くらいで練習しましたが、久しぶりに感じる音の厚みでした。初の合同練習でしたので、細かいところはさて置き、7月の本番が楽しみになってきました。詳細が詰まってきたら、あらためて演奏会のお知らせをします。
さて、写真は学生のころ住んでいたアパートのそばの公園のサクラです。円山公園の枝垂桜の子孫らしいです。
品川方面に行ったついでに、やっと泉岳寺に行って来ました。なんてったってご先祖様(うそ)が眠る場所ですから。どうして日本人はこうも忠臣蔵が好きなんでしょう。歴史オタクとしては、吉良上野介の評価は希代の悪役という感じはなく、浅野内匠頭のほうが、どう考えても浅慮だとしか思えない。でも、大石内蔵助の企画・行動力は討ち入りに至る理由はともかく、評価できるでしょう。
年末年始の混雑時は過ぎていて人も少なく、ゆっくりお参りできました。


11/24全国大会の帰り、姫路城に行ってきました。仕事でよく岡山・広島に行くのですが、新幹線から姫路城が見えるのに、なかなか行く機会がなかった(仕事なのであたりまえ)ので、岡山・倉敷観光をやめて姫路城に登って来ました。
姫路駅から、姫路城までまっすぐに道が開けていて、徒歩15分程度で大手門に着きます。入場料600円を払って、天守閣にも上りました。国宝ですから、エレベーターはありません(笑)。階段は急だし、結構足にきました。。。世界遺産にもなっているということで、観光案内やお土産施設も充実しているようでした。残念ながら雨が降っていたので、屋外イベントや、城郭全てを探索するのは諦めました。(だいたい、疲れていたし)

また、大通りの裏には、お城から駅にかけてアーケード街があって、姫路ってなかなか歩いてみると面白味がある街でした。最後に、駅ビルで明石焼きを食べて帰りました。
帰りの新幹線では、岡山から戻ってくるメンバーと偶然一緒になりました。

今日、通常通り会社に出勤して、精算や報告をしてヴェトナム出張は終わりました。
今回心配していた言葉の問題ですが、いろんな行き違いはあったものの「案ずるより・・」で何とか切り抜けました。空港やホテルの人との会話は単語の羅列ながらほぼ問題ありませんでしたが、現地の人とは、なかなか英語の単語だけでも通じませんでした。「Exchange」「ShortCut」でも通じなかったのはショック。絶対相手も訛ってる!
物価は、十分安いと思いますが、安全を考えて日本食やミネラルウォーターを買うと、そうでも無くなってしまいます。ミネラル・ウォーター(Vittel)が 12,000VDN (70円)
さて、お土産のリストです。
Tシャツ・絵ハガキ・春巻きの皮・インスタント フォー・ベトナム コーヒー4種・刺繍・蓮華茶・ジャスミン茶・果物味キャンディー4種・サンダル
少しは観光名所も巡ってみたいところでしたが、休日をはさむスケジュールでなかったため、ホテル周辺のレポートだけになってしまいました。ブログだけみると、遊んでいるように見えるかもしれませんが、朝から夜まで缶詰で仕事してたんですよ。ホント!!こんどは、休暇でゆっくり訪ねてみたい。
最後の買い物を終えて、空港に向かいます。空港へは現地会社が契約している運転手チャンさんに送ってもらいました。ニコニコした良い人そうですが、運転するとクラクション・パッシングの嵐です。でも、プロの運転手はそうでないと、バイク洪水のヴェトナムの道では仕事が出来ないのかもしれません。余ったドン(2万ドン弱)をチャンさんにチップとしてあげて、ドンは記念の200ドンを残して、使い切りました。
航空券と出国手続きをなんとか、1人でやって時間をみたらまだ、出発まで2時間半もあるじゃないですか、そこで、空港をぶらぶらしていたら、ベトナムマッサージの店があったたので、おもわず1時間コース(30$)を試してしまいました。足・肩(背中)・頭をそれぞれ、若いオネーさんに(もちろん、いかがわしくない)やってもらいました。足を何か熱い石のようなものでこすられたりしました。とりあえず、旅の疲れが少しとれましたが、もう一度エコノミー席で一晩過ごすので、結局また疲れてしまって、あまり意味がなかったかもしれません。
ということで、無事ヴェトナムを出国して、日本時間の10月25日7時30分ころ、関西空港に着きました。
無事に帰国して、自宅からアップしています。
仕事も最終日となったので、担当のダン君と通訳のレーさんと記念写真を撮りました。(プライバシー保護のため?小さいままです)ベトナム語しかわからないダン君と専門用語のわからないレーさんと怪しげな英語を使う自分とビミョーなコミュニケーションでなんとか、1週間しのぎました。今度来るときは、休日にいろんなところを案内してくれるということで、あるかわからないけど再会を約束して仕事を終わりにしました。
さて、この日も日本料理店で夕食です。日本で1匹100円の秋刀魚が15$(1500円)でビックリしたので、写真を撮ってしまいました。この店のその他のものの価格は日本と同じでした。
食事の後、ベトナム・ドンを使い切るため、駆け込みでお土産を買い込みました。
さて、空港から後は日付も変わる(深夜0時発)ので、明日以降アップします。(たぶん)

ホー・チ・ミンでの生活も4日目になりました。現地の人とも慣れてきて、担当のベトナムの若者から飲みに行かないかと誘われました。ただ、彼はまったく日本語ができなくて英語もお互い(訛っていて)通じなさそうだったので、通訳してくれた若い娘に貴女が一緒に行ってくれれば行くよ。と言ったら二人で何事か話したあと、うやむやになってしまいました。ということで、合コンじゃなくて飲み会は不成立。

結局、いつもの人たちと食事をしました。今日は手長海老の焼き物です。これも美味しかったです。その後、最終日になるかもしれないので、デパートで買い物。ベトナムコーヒー、春巻きの皮、サンダルなど等。さて、この記事を読んでくれたアナタにもどれか当たるかもしれません(笑)
写真は、夕飯の手長海老とこの宿泊中夜食にたべていた、よくわからない果物。

今日は朝から仕事なので、現地時間5時半に起床して、6時からホテルで朝食。バイキングスタイルであるのは、シシャモ・キムチなどのアジア各国のものがいろいろ。油断してサラダを食べたら、香草らしきもので朝から目が覚めました。座ると出されたコーヒーは超甘でコップ1杯飲みきれませんでした。ミニバンで通勤ラッシュの中送ってもらったが、「怖い」です。絶対自分では運転できません。バイクとクラクションの嵐。
昼食は現地会社の弁当。日本人用に特別出されたものなので、そんなに違和感なく食べられたが、メインは得体の知れない川魚の塩焼き。

夕食は昨日と同じ和食レストランで焼きうどん。せめてということで、現地のTIgerBeerを飲みました。日本のビールより好きです。そのあと、お土産探して、街をぶらぶら。とりあえず、ホー・チ・ミンTシャツゲット。

仕事の都合でベトナムに来ました。ホテルであっさりネットに接続できたので、現地レポートしてみます。
関空を11時(日本時間)に出発して、14時半(日本時間16時半)にホー・チ・ミン空港につきました。ベトナム航空で、エコノミーはかなり狭いけど、隣席が空いていたのでちょっとだけ足が伸ばせました。(でも、5時間半が限界)ついたら、さっそくスコールのお出迎えで、ちょっと蒸し暑い感じ。でも日本の真夏と変わらないな。(写真は滞在先のホテルと夕食)

現地法人の人に、あっさりホテルで降ろされて、あとは自力でチェックイン。とりあえず、ドルをドンに両替(50ドル->80万ドン)。ネットもつながったので、ちょっとだけ、ホテルの周りを散策。やっぱりバイク多い。夕食は、同行した取引先の方となぜか日本食レストランで食事。(14万ドン 800円くらい)ビールだけ現地の333というやつ。個人的には、日本のメジャーなビールより好きでした。(味の表現できないけど)

新潟での関東合唱コンクールの帰りに長岡で途中下車して、「河井継之助記念館」に行ってきた。義(筋)を通して破滅して行く人物が好きな自分としては、一度は行っておきたかったところだった。高校生の時に、司馬遼太郎の短編集(馬上少年過ぐ)に収められていた「英雄児」を読んで興味を持ち、その後、長編「峠」を読んで思い入れを深くしていた。ただ、綺羅星のごとくいる幕末の英雄の中では、賊軍にいれられているし、局地戦の家老なので、知っている人も少ないのが、ちょっと残念。それでも、3年ほど前には中村勘三郎の主演で、年末ドラマになっているんだけどね。
記念館は、長岡駅そばの蒼龍窟(河井邸)跡地にあり、幕末の最新兵器「ガトリング砲(複製)」などが展示されていた。
そういえば、数年前に流行った「米百俵」は、河井による戦争の廃墟から復活する時のエピソードでした。

昨年の夏に続いて、また行ってきました。といっても、名古屋方面に行く用事があり、早めに済んだので足をのばしました。ただ、時間も限られてるので、ポイントを前回行けなかった「大谷吉継」の墓と資料館での買い物だけにして、その上、雨も振りそうだったのでタクシーを使ってしまいました。

「大谷吉継」の墓は、車道から500mくらい山に入ったところなので、タクシーを待たせておいて、秀吉の中国大返しくらいのスピード(?)で山道を駆け上がってお参りしてきました。運転手さんにも、こんな早かった人は始めてと褒められました。その後、資料館まで行ってもらって約2000円。ちょっと贅沢な散策でしたが、去年の心残りを晴らすことができました。

会社はゴールデンウィーク休暇の真っ最中ですが、またまた広島に出張にきました。今回の仕事では最後の広島出張なので、少し広島市内を探検してみました。
市内の移動は、路面電車です。旧来のイメージ通りの路面電車と、近未来的なヨーロッパスタイルっぽいのと2種類走っていました。市街地は150円で、バスよりは使いやすい感じです。(でも、出入り口がいっぱいあって、降りるとき運賃を入れる箱がわからなくて、無賃乗車になってしまいそうでした。)

市内観光といえば、平和記念公園と原爆ドームでしょうが、真摯に向かい合う気持ちになっていなかったので、こちらはパスして、広島城にいきました。広島城は原爆で消失しているため、現在のは戦後建てられて、今年は50周年ということらしいです。広島城は、毛利氏(元就の孫、輝元)が建て始め、福島正則が完成させ、江戸期には浅野氏が治めていました。浅野氏は大大名にもかかわらず、いまいち歴史に大きく取り上げられていないので印象が薄いですね。一般的には、毛利元就で大河ドラマになったので、そちらの印象が大きいでしょうか。

最後に、しつこく「お好み焼き」を食べてきました。昼も駅で食べたのですが、これもいまいち。夜は、最後の最後のつもりで、飲み屋街にある店にふらっと入ってみました。やっと当たり。豚玉いか天入り850円美味しいと思いました。ついでに、箸と取り皿を使わずにコテだけで食べていたら。お兄さんに褒められました。「初めてじゃないね?食べ方が自然だよ」って。
旅行の最後は、岐阜城(金華山)に登る。岐阜駅からバスで岐阜公園までバス(200円)で行き、そこからロープウェーで山頂に登る。山頂についたと思ったら、天守にたどり着くにはまだ山を登らなければならなかった。
(ひぇー!)戦国の武将たちは、本当に鎧を着て登ったの?麓から武器を持って駆け上がって、戦うなんて絶対無理!これは難攻不落だろう。なんで、関ヶ原のおり、織田秀信(三法師・信長の孫)は1日でこの難攻の城を1日で落とされたのだろう?(昨日の続き。もう少し持ちこたえれば、結果も違ったかもしれないのに)さて、青息吐息で入り口にたどり着いて、天守閣に登り濃尾平野を見渡せば、天下布武を掲げたくなるのも無理ないと思える眺望の良さ。でも、平野にポッカリ浮かぶ金華山は無理に攻めなくても、麓を囲んでしまい後は無視すれば、美濃は平定できるんじゃないかとも思う。
これにて、今回の旅行も終了。3日かけたけど、20年ぶりに京都から在来線で帰ってきた。鈍行の途中下車の旅もまた楽しい。
17日は、まずホテルそばの彦根城を散策。
彦根城は築城400年ということで、盛大に築城400年祭が開催されている。もちろん、国宝の本丸がメインだが、キャラクターの「ひこにゃん」が大ブレーク。
作曲家の木下牧子先生のブログでも紹介されている。彦根城は、関ケ原後、石田三成の佐和山城を廃棄して、井伊家が作ったものなので、西軍派の自分としては複雑な気持ちが残る。でも、お城を中心とした築城400年祭はいい感じでした。残念ながら「ひこにゃん」の出陣時間にならず、会えなかったので、Tしゃつとストラップを購入。
続いて、関ケ原に移動。この炎天下どうやって廻ろうかと思ったが、最初に訪れた歴史民族資料館でレンタサイクルを借りる。決戦地(石田隊の前)-笹尾山・石田陣-島津陣-開戦地-小西陣-宇喜多陣-福島陣-京極・藤堂陣-西首塚-本多忠勝陣-松平忠吉・井伊陣-田中吉政陣-徳川家康最後陣-歴史民族資料館とまわった。笹尾山に登るときに、熱中症になりかけた。そんなに高い山ではないので安易に考えていたが、体力不足を痛感。小休止をしながらなんとか、山頂に到着して関ケ原を見渡せば、気分は石田三成。その後、山を下り島津義弘陣へ。
いつまでたっても、戦闘を開始しない島津軍に三成が直接催促に行くシーンが有名だが、実際に動いてみると、以外に近い。大将が自ら行くのも納得の距離。当初の計画では、大谷吉継の陣や墓も行くつもりだったが、体力の限界を感じて断念。いつか必ず、戻ってこよう。資料館に戻って、石田三成・宇喜多秀家・大谷吉継のTシャツや資料をまとめ買い。
関ケ原より早めに撤収したので、大垣で降りて、大垣城も見学。ここは、戦前は国宝だったのだが戦火で焼失したのは残念。岐阜に行って宿泊。330ホテルで朝食なし4700円。部屋も広くてアメニティグッズも充実していて満足。ついでに、岐阜駅ビルにある温泉を紹介されたので行ってみた。温泉は天然だが、施設はコナミスポーツのジムだった。1100円で入ってみた。天然温泉と言うことをのぞけば、普通のスポーツジムでした。
今(8/17 21:30)岐阜のホテルで書いています。今年の夏は滋賀・岐阜のあたりをうろうろしています。昨日は、書けませんでしたので、昨日の行程を書きます。(今日の分は明日)
16日朝、9:30頃新幹線に乗り浜松を出発。まずは京都まで行ってしまう。(ちなみに、この日は大文字の送り火の日でした)JR奈良線で東福寺まで行って、京阪に乗り換え。自分の学生時代には工事中だった鴨東線で出町柳まで行く。ここからは叡電で比叡山八瀬口まで乗る。20年振りに乗った叡電沿線には学生時代友人たちが住んでいて一駅づつに思い出がある。
八瀬口から、ケーブル電車とロープウェイを乗り継いで比叡山頂に到着。
ここで、涼しくなっていると思いきや、なんと30℃。下界は40℃と言っているから、ましなんだけどガッカリ。本当はここから徒歩で、3つの地域を歩くつもりだったが、あまりの暑さに徒歩はあきらめて1日バス券(800円)を購入して、山内の移動はバスですることにした。一番遠い横川そして西塔、最後に根本中堂がある東塔と回った。開祖「最澄」を「弘法大師空海」と比べてしまうと地味だが、比叡山から後の親鸞・日蓮・栄西・法然・道元そして一遍と宗派を開いた高僧を輩出しており、歴史に残した影響は大きく。比叡山に登ってみればこれらの高僧の事績も紹介されている。
帰りは、坂本(滋賀)にケーブル電車で降りる。バスを使ってしまったので予定より早く下山してしまい時間があったので、駅のそばで目に付いた銭湯に思いつきで飛び込んでみた。婆さんが番台に一人でお客もいなかったので、のんびり汗が流せた。ちなみに、銭湯代は370円で、本当に昔ながらのつくりで(時間ですよ!みたい)ちょっとノスタルジーを感じる時間が過ごせた。泊まりは、彦根。
コンクール県大会の抽選会のため、静岡に行って来た。今日は参議院選挙の投票日だったが、朝寝坊するといけないので、昨日期日前投票をすませておいた。(参院選挙の総括は議席が確定したあとで。。)
時間があったのと、天気も良さそうなので、天竜浜名湖線に往きも帰りも乗ってみた。(710+820)*2=3060円 50+50=100分 浜松経由で行くよりは、時間&費用ともにお得だが、天浜は揺れる。旧国鉄の線路に、バス型車両では、揺れが直接響いてくる。重要な本番の時には使えないかな。。
順番は次のようになりました。
1 浜松アルスアンティカ
2 アクアリウス
3 ひろば
4 浜松フラウエンコール
5 浜松合唱団
6 静岡合唱団
7 浜松ラヴィアンクール
8月26日 清水文化センター
ゴールデンウィークになりましたが、今年は合唱団の合宿から始まりました。例年通り、三ケ日青年の家に一泊二日で行ってきました。
まずは、金曜日の夜、家に帰ると、K先生からの留守電。合宿までにお願いしていた曲がまだ仕上がらないとの事。とにかく、朝までに出来たところまで、送っていただくようメールして就寝。結局、朝起きたら、曲が3/4ほど、送っていただいてあった。
ピアニストと学生を拾って(楽譜の準備を手伝ってもらって)、三ケ日に向かう。途中、K先生からメールが入り、「改訂したくなったので、最後の方は練習しなくてもよい」とのこと。K先生は推敲の鬼なので、改訂はまだまだあるかも?
合宿では、2日間にわたって、定演とコンクールに向かって、中身の濃い演奏ができたと思う。最後のほうでは、疲れはあるものの、音色の統一感等は増したのではないだろうか。また、普段なかなか話すことのできないメンバーとも、お互い少しは親しくなれたと思う。
江戸東京博物館」に行って来た。秋葉原から総武線に乗って、両国駅下車。目の前には、両国国技館があり、幟が立ってたりして大相撲の雰囲気もまた良い。さて、駅を出て博物館を見るとバカデカイ!建物は見えるけど、なかなか近づかない。動く歩道を使ったりして、やっと建物の下にたどり着くが、今度は入り口がわからない。
なんだかんだで、6Fから中に入ってみる。(600円)まず目に付くのが、再現された日本橋。これを渡って江戸ゾーンとされる江戸城と町割りの展示コーナーに入る。ここでは、武家屋敷と寛永の町人地が展示されている。続いて、5Fに降りて町人文化の展示コーナーに行く。吉原や歌舞伎の再現コーナーが大掛かりな設備で目をひく。明治から終戦直後までの東京ゾーンもある。
比較的空いていると思われる時間にいったが、結構混んでいた。ボランティア・ガイドも充実していて、比較的うまく運営できていると思われたが、空間的には(無駄に)大きすぎ。関係ない広場を歩くだけで疲れました。
秋葉原に行ったおりに、そばにある神田明神に行ってきた。秋葉原のそばにあることから、いつのまにかIT守護ということで、「情報安全守護」のお守りを売っている。一応業界人だし、携帯も持っているので、PCと携帯にお守りを買って、貼ってみた。さて、ご利益のほどは?
ちなみに、神田明神は、大己貴命(おおなむちのみこと)というか大国主命(大黒様)と平将門が祀られている。どちらも、朝廷に対抗した反逆者を鎮めているんですよね。強そうで厄除けにはいいかもしれないけど、ITにはどうだろう??でも、信じるものは救われるって。
浜松合唱団で参加した関東合唱コンクールですが、3位金賞をいただきましたが、全国大会への代表には選ばれませんでした。5人の審査員中1位が2票もありましたが、残念でした。詳細は改めて本館の自戦記にアップします。ご声援いただいた方、ありがとうございました。
浅草のホテルで書いてます。本当はヴォア・ヴェールの練習日だけどサボってます(ごめんなさい)
今日は、予定通り日光に行ってきました。宇都宮からJR日光線で日光に到着。まず、「華厳の滝」までバスにのる。あまり風景に感動するほうではないが、滝のすぐ下からみると圧倒的な存在感に感動する。ただ、滝の下までいくエレベーターが510円なのはちょっと高い。標高と滝の飛沫(マイナスイオン?)で結構涼しい。
先に、華厳の滝に行ってしまったので、日光の二社一寺を標高の上のほうから逆廻りに見学する。
まず、徳川家光の墓所「大猷院」。ここの本殿で龍のついた破魔矢を購入。家光は辰年生まれらしく龍にまつわるものが多いらしい。私も辰年なので、ちょっとした親近感で買ってしまった。つづいてメインの「東照宮」いまさらいろんなものにコメントする必要もないが、三猿や眠り猫など、あまりにさりげなくて見落としてしまいそう。眠り猫を見るなりゆきで奥社までいってしまったが、ここの207段の階段はさすがにしんどい。最後に「輪王寺」を見て日光めぐり完了。とにかくよく歩いた。東武日光駅でお土産をまとめて購入(関係者へ期待するな!)、明日もあるので、宅配便にて自宅へ。東武線で浅草着。
江戸前のあなご天丼の夕食。明日は、午前秋葉原で買い物、午後は川口リリアホールで、浦和混声の演奏会に行く予定。
今、宇都宮のホテルで書いてます。
今日は、平泉(岩手県)に行ってきました。前のブログで「源義経」について書きましたが、夏休みの最後に時間の余裕ができたので行ってきました。
8時過ぎに浜松を発って、14時ころ平泉につきました。まずは、駅からすぐの「毛越寺」に徒歩でいきました。でっかい本堂はあるものの、その他にはあまりみるものはありませんでした。(ちょっと拍子抜け)広大な池や遺構はあったので、全盛期の雰囲気は感じられます。中尊寺には循環バスで向かう。
中尊寺では、参道が急斜面でややきつい。こちらは、本堂や金色堂のほかにも数々の堂があり、十分時間をかけて回れる。で、肝心の金色堂だが、覆堂の中にあるので、いまいち迫力というか、感動が小さい。とはいえ、これだけの金を集められる奥州藤原氏の栄華は偲ばれる。
最後に、高舘義経堂。こちらは「源義経」の最後となった場所。実際行ってみると小さいお堂だが、すぐ下を北上川(衣川)が流れ、最後に篭るには仕方のない場所であることを実感した。
明日は、日光に行こうと思い宇都宮泊。とりあえず、餃子で晩ご飯を食べてきました。
ゴールデンウィークの休暇で東京に行くことがあったので、靖国神社に行ってみた。市ヶ谷の駅を降りたら、千鳥が淵の墓苑もすぐそばというのが分かったので、まず、そちらに行った。こちらでは、考えるところもないので、100円で菊の花を買って献花した。参拝者もそう多くなく、静寂の中、謙虚に不戦を思う。
つづいて、靖国神社に行った。こちらは休日ということもあり、多くの参拝者がいた。本殿では、いろいろ思うことがあり、敬意は表するが参拝はしなかった。さて、なにかと話題になる、展示館「遊就館」に行った。どんなに、戦争美化の主張がされているかと思って身構えていったのだが、それほどでもない。基本的には先の大戦は、米国の誘導に掛かってしまった(ちょうど、現代のイラクやイランのよう)、また、アジアとの融和、また結果として多くの国が独立できたというスタンスが感じられる。しかし、日本の侵略や現場での残虐行為については触れられていない。歴史の見方には多面性があり、勝者が記述し残していくものだから、違う見方があっていいとも思うので、この主張もそれなりにありだと思う。しかし、政府の公式見解からは距離がある。
実は、一番感動したことは、車椅子や杖をつく老人をサポートするお孫さんをたくさん見かけた。なにか、日本の家族の原風景をみるようであった。靖国というのは、日本人とって特別な場所であり、国としてだれもが問題無く参拝できるようになって欲しいので、皆が歩み寄れないだろうか?
昨日今日と、三ケ日青年の家で浜松合唱団の強化合宿があった。
今年は演奏会が例年より1ヶ月早いが、合宿は例年と同じ時期となった。いつもなら、音取りに時間を取られてしまう状態だが、さすがにこの時期ということで、確認や歌い込みに当てることができた。
学生の時の合宿に較ぶべきも無いが、2日間集中するとそれなりにまとまってくるのを実感。
現在、浜松合唱団で取り組んでいる、「ゆったて哀歌集」が東京混声合唱団によって演奏され、招待状をもらったので、東京(上野)まで行ってきた。せっかく、上野に行くので、国立博物館などにも足をのばしてきた。
東京国立博物館では中宮寺国宝「菩薩半跏像」が特別公開されていた。飛鳥時代に作られた、教科書などにもよく載っている、片手を頬にあて何かを思う姿の仏像です。(中宮寺は法隆寺の横、太秦の広隆寺の像ではない)確かに、美しい。それなりに、雰囲気を作って展示されていたが、やはり、寺院の中にあってこそ、神々しさを深く感じられるのでは、ぜひ、中宮寺の中で見てみたい。
次に、国立科学博物館に「恐竜博2005」を見に行った。公開初日という事もあって、入場口には長蛇の列。子供で一杯だった。今回の目玉は世界最大のティラノサウルス「スー」の全身複製骨格。これをみると、ゴジラのように尻尾を地面に垂らして立っているわけではなく、尻尾は地面と水平にして、随分前のめりな感じで動いていたのがわかる。また、恐竜は鳥類に進化したという立場をとりながら、解説展示されているのが興味深い。
メインの東京混声合唱団の演奏会に東京文化会館に行くと、三善晃先生到着。浜松合唱団の指揮者岸信介先生と雑談していたところだったので、三善先生にご紹介いただき、挨拶させていただくことができた。さて、開場前だったので、行列にならぶと、前方に、三善先生。一般人と一緒に行列の中に居た。(誰か気が付いてエスコートしろよ!)でも、昨年末体調を崩されていたと聞いていたので、ちょっと安心。さて、「ゆったて」の演奏だが、メロディーラインをきれいに歌うことは「さすが!」と思わせるものがあったが、イマイチ男声がクリアでないように感じた。特に、指揮者(田中信昭氏)が大きく振ってもダイナミックが十分ついていないようにも思った。もちろん、プロらしい余裕のある表現で安心して聴けたが。。これ以外のプログラムが大変だった。細川俊夫曲「混声合唱とマリンバのための西田幾多郎の句による わが心、深き底あり」山本裕之「2群の混声合唱とピアノのためのチャムパの花」一柳慧曲「混声合唱とピアノのための舞台作品 水炎伝説」どれも、いわゆる現代風作品でなんだかよくわからなかった。たしかに、解説を読みながら聴くと、凄いとは思うが歌いたいとは全然思わなかった。逆に「ゆったて哀歌集」が際立って印象に残る演奏会だった。
春の一日、歩き回ってヘトヘト、でも充実した休日となった。
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